大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)51号 判決 1988年2月25日

原告

金甲順

右訴訟代理人弁護士

関根俊太郎

藤原寛治

小池健治

大内猛彦

坂東規子

徳田修作

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

西口元

中沢康裕

石井信芳

冨取健彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が昭和四〇年四月一日から昭和五一年八月三一日まで及び昭和五四年一月二日から昭和五九年二月一五日まで国民年金の被保険者たる地位にあつたことを確認する。

2  原告が被告に対して別表記載の債務を負つていることを確認する。

3  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大正一三年二月一六日生まれの韓国人である。原告は、昭和三六年四月一日から昭和三七年二月五日まで及び昭和五一年九月一日から昭和五四年一月一日まで厚生年金保険の被保険者であり、その間の保険料を納付した(ただし、昭和三七年二月分の保険料は納付していない。)。

昭和六〇年法律第三四号による改正前の国民年金法(以下「六〇年改正前の国民年金法」という。)二九条の二、二九条の三、七六、七七条の二、昭和六〇年法律三四号による改正前の厚生年金保険法(以下「六〇年改正前の厚生年金保険法」という。)四六条の二、四六条の三、昭和三六年法律第一八二号附則(以下「三六年改正法附則」という。)七条、旧通算年金通則法(昭和三六年法律第一八一号)四条によれば、大正一二年四月二日から大正一三年四月一日までに出生した者であつて、昭和三六年四月一日以降の通算対象期間(本件に即していえば、国民年金の保険料納付期間と厚生年金保険の被保険者期間)を合算して一八年以上であるものは、通算老齢年金が支給されることになつている。

2  原告は昭和四〇年八月、東京都大田区長に対し、国民年金被保険者資格取得の届出(以下「本件届出」という。)をし、受理(以下「本件受理」という。)され、国民年金被保険者台帳及び国民年金被保険者名簿に、国民年金手帳番号二一五三―三〇八四、氏名高橋利子として登録された。

昭和四〇年当時の国民年金の被保険者資格の得喪に関する事項の市町村長(特別区にあつては区長)への届出は、昭和四五年厚生省令二三号による改正前の国民年金法施行規則一条により、氏名、性別、生年月日、住所等を記載した国民年金被保険者資格取得届(以下「資格取得届」という。)を市町村長(特別区にあつては区長)に提出して行うものとされ、国民年金市町村事務取扱準則八条一項により、資格取得届を受理したときは、①資格取得届に記載された被保険者の氏名、性別、生年月日及び住所を住民票により確認すること、②住民票により右①の確認ができないときは、戸籍簿、国民健康保険被保険者台帳その他の市町村(特別区にあつては区)の公簿により又はその他適宜の方法により確認することとされていた。右受理手続から明らかなように、国民年金被保険者資格取得の届出(国民年金法一二条)の受理は、単に届出を受領するに過ぎないものではなく、届出を適法、有効なものと判断し、確認して受領するものというべきである。

右の届出が適法、有効と確認されて受理された場合には、国は、当該届出人を被保険者と認めて国民年金手帳を交付し、当該届出人に保険料の納付義務を課し、当該届出人は、長期間にわたり保険料の納付を継続することになるものである。このように、いつたん届出が受理されると、当該届出人は、当該届出が適法、有効と判断されたことに信頼を抱き、その信頼に基づいて保険料の納付義務を履行するのであつて、それにもかかわらず、右判断が容易に覆されることとなれば、行政庁に対する信頼は裏切られ、法的安定性も害される結果となるから、被保険者たる要件を満たしていない者についても、受理により資格が創設されるものと解すべきである。

そして、誤つて受理された場合には、事後的に取消しが可能か否かの問題が生ずるに過ぎないが、行政庁は受理行為の要素である判断を自ら否認することはできず、このことは保険料と年金の給付が対価関係にある国民年金においてより一層あてはまるから、行政庁は、本件受理の際にした原告が国民年金の被保険者資格を有するとの判断を否認することができず、原告は、本件届出の本件受理により国民年金の被保険者資格を取得したものというべきである。

3  仮に2の主張が認められないとしても、国民年金の被保険者資格を有しない者について、被保険者資格が創設されたと認められるかのような状態が長期間継続し、これに対する信頼関係が無効行為を治癒する程度にまで至つたときは、信義則ないし禁反言の法理により、被保険者資格が発生するものと解すべきである。

原告は本件届出に基づく本件受理がされ、これにより、国民年金の被保険者資格が発生して将来国民年金を受給できると信頼し、昭和四〇年四月から昭和五六年九月までの一九八か月(ただし、前記1のとおり、昭和五一年九月一日から昭和五四年一月一日までは厚生年金保険の被保険者であつて、その保険料も納付した。)の長きにわたり国民年金の保険料として合計二五万〇三五〇円を納付し、さらに、前記1のとおり昭和三六年四月分から昭和三七年一月分まで一〇か月の間厚生年金保険の被保険者として保険料を納付していたので、これを通算すると二〇八か月の保険料を納付していたものであつて、あとわずか八か月の間の保険料の納付を続ければ、通算老令年金を受給できることとなつていたのである。右の事情に照らせば、原告は、遅くとも昭和五六年九月までには、国民年金の被保険者資格を取得したものというべきである。

4  原告は昭和四〇年当時、大田区道塚町二二五番地に居住していたが、昭和四三年八月四日に同区新蒲田一丁目六番七号に転居し、昭和四五年二月一日付けで国民年金被保険者の住所変更の手続をした。当時の国民年金市町村事務取扱準則一七条は「被保険者の住所変更の届書(以下『被保険者住所変更届』という。)を受理したときは、次の手続きをとるものとする。(1)被保険者住所変更届の記載内容を第一一条第一項第一号の規定の例により審査すること。この場合において、変更後の住所は、住民票その他変更後の住所を明らかにすることができる公簿により確認すること。」と規定されており、右の住所変更手続をした時点で、原告が住民票を有しない外国人であることを了知できたはずであり、その後一一年間原告は、国民年金の被保険者として扱われてきたから、信義則ないし禁反言により、被告は原告の国民年金の被保険者資格があるとの取扱いを覆すことは許されない。

5  昭和五六年法律八六号による改正直後の国民年金法(以下「五六年改正後の国民年金法」という。)七条によつて、在日外国人の国民年金加入が許されるようになり、さらに、昭和六〇年法律三四号附則(以下「六〇年改正法附則」という。)八条二項、五項一〇号、国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置に関する政令(昭和六一年政令第五四号)一二条により、昭和三六年四月一日時点で満三五歳に達していなかつた在日外国人すなわち大正一五年四月二日以降に出生した外国人で一定の在留資格等を有するものは国民年金の受給権を取得することができる措置が講ぜられることとなつた。

また、東京高裁昭和五八年一〇月二〇日判決(判例時報一〇九二号三一頁、以下「別件判決」という。)以降、在日外国人であつても、長期間保険料を払い続け、既に受給資格期間を満たしている者、すなわち、大正一一年頃までに出生した者については、国は、国民年金の受給を認める扱いをしている。

したがつて、大正一一年頃以前及び大正一五年四月二日以後に出生した在日外国人は国民年金受給の道が開かれた。しかるに、原告のようにその谷間に出生した者については、一九八か月(厚生年金保険を含めると二〇八か月)の長きにわたり保険料を納付したとしても、なお国民年金受給の道が否定されるとすれば、これはあまりにも不平等の度合いが強く、このような差別的取扱いは著しく合理性を欠くものである。したがつて、信義則に照らし、原告には国民年金の被保険者資格が認められるべきである。

6  右1ないし5の記載によれば、原告は、昭和四〇年四月一日から昭和五一年八月三一日まで及び昭和五四年一月二日から昭和五九年二月一五日まで国民年金の被保険者資格を有していたものというべきである。

ところが、被告の歳入歳出官である東京都福祉局国民年金部長(以下「国民年金部長」という。)は、昭和五六年一二月一八日付けの過誤納額還付通知(以下「本件通知」という。)により、①原告は日本人でないから国民年金の被保険者資格がないことが判明した、②これまで収めた二五万〇三五〇円は過誤納であるから還付請求の手続をされたい旨の通知をし、本件通知以降、被告は、原告が請求の趣旨1掲記の期間国民年金の被保険者資格を有することを否定している。

7  本件通知以降、原告には、国民年金の保険料の納付書の送付が行われないため、原告は、別表記載の期間の保険料を納付することが不能となつた。

このような場合に、国民年金法一〇二条に定める二年間の時効期間が進行するとすると、六〇年改正前の国民年金法七六条に定められた保険料の納付期間を満たすことができなくなり、ひいては、通算年金の受給権を取得できない結果となるが、このような結果は、信義則上到底容認できないから、被告が原告の国民年金の被保険者資格を否定している間は、右時効期間は進行しないものと解すべきである。

したがつて、原告は、被告に対して、現在もなお別表記載の債務を負担しているものというべきである。

8  原告は、前記2ないし5記載のとおり国民年金の被保険者であるから、これを否定する本件通知は、違法なものである。ところで、原告は、大田区の勧奨員から国民年金への加入を勧められ、一旦は「私は韓国人であるから入れません。」といつて断つたのに対して、右勧奨員から「現在日本に住み、これからも住む人は皆国民年金に加入できる。」と勧められたために、自己に国民年金の被保険者資格があると信じて、将来、国民年金の給付を受けられるものと期待、信頼して苦しい生活の中から一九八か月にわたり国民年金の保険料を納付してきたもので、本件通知によりその信頼が裏切られ、精神的に多大な損害を蒙つたばかりでなく、本訴提起のために多大な経済的負担を負つた。本件通知は、国民年金部長が国民年金法三条二項に基づき国の機関として行つたものであるから、国は、国家賠償法一条一項により、違法な本件通知により原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。しかるところ、原告の損害を慰謝するには一〇〇万円が相当である。

9  よつて、原告は、請求の趣旨1のとおり原告が国民年金の被保険者の地位にあつたこと及び請求の趣旨2のとおり被告に対して別表記載の債務を負うことの確認を求めるとともに、被告に対し、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六〇年五月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認め、主張は争う。

昭和五六年法律第八六号による改正前の国民年金法(以下「昭和五六年改正前の国民年金法」という。)七条一項は「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」と、同法八条は「前条の規定による被保険者は、二十歳に達した日、日本国民となつた日又は日本国内に住所を有するに至つた日に、被保険者の資格を取得する。」と、同法九条は「第七条の規定による被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日(第四号に該当するに至つたときは、その日)に、被保険者資格を喪失する。一、死亡したとき。二、日本国民でなくなつたとき。三、日本国内に住所を有しなくなつたとき。四、六十歳に達したとき。」と規定している。右各規定によれば、国民年金の被保険者資格の発生及び得喪に関する事由はいずれも客観的に確定しうるものであつて、行政庁に裁量を認める余地はなく、法に定めた事由の発生により法律上当然に発生するものである。そして、被保険者のする資格の得喪に関する届出は、その事実を通知するための手続に過ぎず、被保険者の資格得喪の届出が受理されても、それにより被保険者資格の得喪の効果が生ずるわけではない。

3  同3のうち、保険料納付の事実は認め、主張は争う。

我が国においては、行政が国民の権利義務にかかわる作用を営む場合には、必ず国会の制定した法律に従うことが要求されている(法律による行政の原理)。そもそも、国民年金制度のような社会保障に関する権利、いわゆる社会権については、憲法二五条の趣旨に応えてどのような立法措置を講ずるかについては、立法府の広い裁量に委ねられているものであり、また、国民年金を支給するための費用は、被保険者が納付した保険料の他に国が多額のものを国庫負担しており、このように支給費用の多くを国民の税金でまかなう国民年金制度のようなものについてはどのような者を被保険者にするかについては立法府の広い裁量に委ねられているものであつて、長期間保険料を納付したことによつて被保険者資格が発生するものとすると、被保険者資格を制限している立法府の意思を無視することになるものであつて、許されないものである。

また、仮に、行政法の分野において信義則の適用があり得るとしても、そのためには、法律による行政の原理を排除するに足りる特段の事由の存在が必要であるが、原告については、右特段の事由の存在は、なお認められない。

4  同4は争う。

昭和四五年二月当時は住民基本台帳制度の完全実施(昭和四四年四月)後間もなかつたこともあり、転入届、転居届等の手続をしていない住民が多数存在しており、住民票との照合のできない者も多かつたから、国民年金の被保険者の中に住民票との照合ができない者がいても、その者が直ちに外国人であることを疑う状況になく、原告が外国人であることを知りうる状況にはなかつた。

5  同5のうち、六〇年改正法附則により、大正一五年四月二日以降に出生した外国人で一定の在留資格等を有する者が国民年金の被保険者資格を取得することができることとされたこと、別件判決が存在することは認め、主張は争う。

我が国においては、年金制度の改正に当たつては、法律不遡及の原則が貫かれているが、これは、改正の効果を遡及させた場合には、①期間の経過等により改正法の適用の基礎となる事実関係を確認できないものが多くあると予想されることから、効果を遡及させることによつて、新法の適用を受ける者と受けない者との間に新たな不公平を生じさせる恐れがあること、②既に法的安定を得ている者までも見直しを要求されることになつてしまう等の問題点が生じることを考慮したもので、合理的な理由のあるものである。昭和六〇年法律第三四号による国民年金法の改正に際し、その施行日(昭和六一年四月一日)より前に国民年金の被保険者の資格を失つている者(大正一五年四月一日以前に出生した者)について、改正の効果を及ぼさなかつたことは、合理的な理由があるものである。

また、別件判決においては、既に国民年金法に定める受給資格期間を満了しているという控訴人固有の事情が考慮されたものであり、誤つて、国民年金の被保険者として扱われたすべての在日外国人について国民年金法による老齢年金の受給資格を認めたものではない。そして、同判決を受けた行政上の取扱いも、その者が日本国籍を有していたものとすれば、当該誤適用が判明した時点で国民年金法による老齢年金又は通算老齢年金の受給資格期間を満たすこととなる場合に限り、国民年金法による老齢年金又は通算老齢年金の受給資格を認めるというものである。原告の場合は、誤適用が判明した時点では、国民年金法による老齢年金又は通算老齢年金の受給資格期間を満たしていないのであるから、右判決による行政上の取扱いの対象となるものではない。

そして、仮に、原告について特別の取扱いをするとすれば、当初から国民年金の資格取得届を出さなかつた多くの在日外国人等との間で不均衡が生じ、却つて不公平な結果が生ずることになる。

6  同6の事実は認め、主張は争う。

7  同7は争う。

8  同8のうち、原告の国民年金加入の経緯に関する事実は否認し、主張は争う。

原告は、法律上国民年金の被保険者資格を取得することはできなかつたのであるから、その資格を有していないことが判明した以上、本件通知をすることは法律による行政をすべき公務員としては当然のことであつて、何ら違法性はないし、また、原告は、国民年金の被保険者とはなれないのであるから、仮に、原告に損害が生ずるとしても、既に納付した保険料を返還することにより、その損害は十分に填補されるものである。

9  同9は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が大正一三年二月一六日生まれの韓国人であること、昭和三六年四月一日から昭和三七年二月五日まで及び昭和五一年九月一日から昭和五四年一月一日まで厚生年金保険の被保険者であり、その間の保険料を納付した(ただし、昭和三七年二月分の保険料は納付していない。)こと、原告が昭和四〇年八月東京都大田区長に対して本件届出をし、同区長が本件受理をしたこと、原告が昭和四〇年四月分から昭和五六年九月分までの国民年金の保険料を納付したこと(ただし、昭和五一年九月一日から昭和五四年一月一日までは厚生年金保険の被保険者であつて、その保険料も納付したことは、右に述べたとおりである。)、本件通知により、被告が原告に対し原告には国民年金の被保険者資格がない旨を通知し、以来被告は、原告が請求の趣旨1掲記の期間国民年金の被保険者資格を有することを否定していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二まず、原告は、国民年金被保険者資格取得の届出の受理は届出を適法、有効なものと判断し、確認して受領するもので、国民年金の被保険者たる要件を満たしていない者も、受理によりその資格が創設され、行政庁は受理の際の被保険者資格を有するとの判断を否認することができないから、原告は、本件受理により国民年金の被保険者資格を取得した旨を主張している(請求原因2)。

五六年改正前の国民年金法七条一項は「日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする。」と、同法八条は「前条の規定による被保険者は、二十歳に達した日、日本国民となつた日又は日本国内に住所を有するに至つた日に、被保険者の資格を取得する。」と、同法九条は「第七条の規定による被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日(第四号に該当するに至つたときは、その日)に、被保険者資格を喪失する。一 死亡したとき。二 日本国民でなくなつたとき。三 日本国内に住所を有しなくなつたとき。四 六十歳に達したとき。」と規定していた。

右各規定によれば、国民年金の被保険者資格の得喪に関する事由はいずれも客観的に確定しうるものであつて、行政庁の裁量的判断の余地のないものであり、しかも、同法は、国民年金の被保険者資格の得喪を、右の届出の受理にかからしめていることを窺わせるに足りる規定を全く置いていないから、国民年金の被保険者資格の得喪は、同法に定める事由の発生により法律上当然に生ずるものであり、右の届出の受理をまつて初めて生ずるものではないと解するのが相当である。

なお、被保険者が市町村長(特別区にあつては区長)に対し資格の得喪に関する事項を届出しなければならない旨義務づけている(国民年金法一二条)のは、国民年金が極めて多数の者に関係することなどから、国民年金事業の管掌者ないしその事務を行う者において被保険者資格の得喪をすべて職権で直ちに把握することが困難であることに鑑み、被保険者に右の届出を義務づけることにより、国民年金事業の事務を適正かつ迅速に行うこととしようとするものであつて、届出あるいはその受理により、国民年金の被保険者資格の得喪の効果を生じさせようとしているものとは解されない。

したがつて、本件届出ないしそれについての本件受理によつて、原告につき国民年金の被保険者資格が生じたものとはいえない。

そして、前記各規定によると、五六年改正前の国民年金法は、「日本国民」すなわち日本国籍を有する者であることを、国民年金の被保険者資格の取得ないし保有の要件としていたことは明らかであるから、韓国人であつて、日本国民とはいえない原告が、同法の規定により、国民年金の被保険者資格を取得しあるいは保有していたものと解することはできない。

三つぎに、原告は、本件届出に基づく本件受理がされ、これにより、国民年金の被保険者資格が発生して、将来国民年金を受給できるものと信頼し、昭和四〇年四月分から昭和五六年九月分までの一九八か月の長きにわたり国民年金の保険料を納付してきた等の事情を挙げて、遅くとも昭和五六年九月までには、国民年金の被保険者資格を取得したと主張している(請求原因3)。

本件受理により、原告に国民年金の被保険者資格が有るかのような外形が作出され、それが長期間継続したとしても、そのことだけでは、日本国民でない原告に国民年金の被保険者資格が生ずるものとは解し得ないことは、右二の説示から明らかである。

もつとも、国民年金法の規定だけからすると、国民年金の被保険者資格を有しない者についても、自己に国民年金の被保険者資格があると信じ、将来国民年金の老齢年金あるいは通算老齢年金(以下単に「老齢年金」という。)を受給できるものと期待、信頼して、長期間にわたり保険料の納付を継続してきた場合において、国において、その保険料を異議なく受領するなど右の者が国民年金の被保険者資格を有するとの取扱いを続けながら、後になつて、法律の規定を盾に被保険者資格の存在を否定することが許されないときが全くないとは断定し得ない(別件判決参照。なお、同判決については後に触れる。)。しかし、国民年金の被保険者資格が法律の明文をもつて規定されている以上、仮に法律の明文規定に反しても国民年金の被保険者資格の存在を否定することが許されないとするためには、法秩序全体から見て、その者の信頼が法律の個々の明文の規定の適用を排除してでも保護されねばならないと解すべき特段の事情がなければならないのは当然である。

ところで、原告が本件において問題にしている老齢年金は、被保険者資格を有する者であつても、法の定める期間以上の期間保険料を納付しない限り、この受給権が生じないものであり、したがつて、被保険者資格を有する者であつても、保険料の納付が法の定める期間に達していない者は、将来法の定める期間以上の期間保険料を納付した時に初めて老齢年金を受給することができる権利を取得するもので、その時までは、老齢年金受給についてのいわば期待的な権利を有するにとどまるということができるのである。

別表

保 険 料

金  額

納付期限年月日

昭和56年10月分~12月分

金13,500円

昭56. 2. 1

昭和57年 1月分~ 3月分

金13,500円

昭57. 4.30

〃  4月分~ 6月分

金15,660円

〃  7.31

〃  7月分~ 9月分

金15,660円

〃 11. 1

〃 10月分~12月分

金15,660円

昭58. 1.31

昭和58年 1月分~ 3月分

金15,660円

〃  4.30

〃  4月分~ 6月分

金17,490円

〃  8. 1

〃  7月分~ 9月分

金17,490円

〃 10.31

〃  10月分~12月分

金17,490円

昭59. 1.31

昭和59年 1月分

金 5,830円

〃  4.30

合  計

金147,940円

そこで、被告が原告には国民年金の被保険者資格がないと通知した本件通知の時である昭和五六年一二月あるいは原告が国民年金の保険料を納付した最終の時である昭和五六年九月までの間に、原告が日本国民という要件を欠いていてもなお、国において原告の被保険者資格の存在を否定し得ない特段の事情が存在したかについて検討する。

原告が大正一三年二月一六日生まれであることは、前述のとおり当事者間に争いがないところ、仮に原告が日本国民であるとした場合に、昭和五六年九月ないし一二月までに老齢年金の受給権を既に取得したといえるかについて考えるに、六〇年改正前の国民年金法二九条の二、二九条の三、七六条、七七条の二、六〇年改正前の厚生年金保険法四六条の二、四六条の三、三六年改正法附則七条、旧通算年金通則法四条によれば、老齢年金の受給権を得るためには、国民年金及び厚生年金保険の保険料を合算して一八年(二一六か月)以上納付している必要があるが、前述の当事者間に争いのない事実によれば、原告は二〇八か月の保険料(昭和三六年四月分から昭和三七年一月分までの一〇か月、昭和四〇年四月分から昭和五六年九月分までの一九八か月)を納付したことは認められるものの、それ以上の期間保険料を納付していないことについては原告の自認するところであるから、原告が、仮に日本国民であるとしても、昭和五六年九月ないし一二月までに老齢年金の受給権を得るに至つていないことは明らかである。

そうすると、原告は、仮に日本国民であるとしても、老齢年金受給についての期待的な権利を有していたに過ぎなかつたものというほかはない。確かに、あとわずか八か月の保険料を納付すれば、受給権を得るという段階に達してはいたのであるから、その期待的な権利はそれ自体相当なものであることは否定できないところであるが、なおこの段階では、法秩序全体の見地から、法律の明文規定の適用を排除してでも原告を保護すべき特段の事情ありと解するには不充分と考える。

なお、別件判決は、外国人であることが明らかになつた時点において、既に老齢年金の受給権を有するに足りる期間保険料を納付してきた事案であつて、その者は前述の期待的な権利を超える権利を有していたといえるのであるから、本件とは事案を異にするものであり、同判決は右に述べた判断を左右するに足りない。

四また、原告は、昭和四五年二月一日付けで国民年金被保険者の住所変更の手続をし、その時点で、原告が外国人であることを了知できたはずであるのに、その後一一年間も原告を国民年金の被保険者として扱つてきたのであるから、信義則ないし禁反言の法理により、原告の国民年金の被保険者資格を覆すことは許されないとも主張する(請求原因4)。

しかし、原告の挙げる右の事情は、さらに請求原因8において原告が主張する事情を加味考慮しても、なお原告の国民年金の被保険者資格の存在を否定することが許されない特段の事情とするには足りないというべきである。

五さらに、原告は、大正一一年頃以前に出生した在日外国人は、別件判決及びこれを受けた行政上の取扱いにより、老齢年金の受給権が認められ、また、大正一五年四月二日以降に出生した在日外国人は、法律の規定により、いずれも国民年金の被保険者となることが認められることとなつたのに対し、原告のようにその間に出生した在日外国人については国民年金の被保険者資格を認めないとすることは、著しく合理性を欠くとも主張している(請求原因5)。

まず、別件判決は、前記三に述べたとおり、外国人であることが明らかになつた時点において、既に老齢年金の受給権を有するに足りる期間保険料を納付した事案であり、弁論の全趣旨によれば、別件判決の後の行政上の取扱いも、外国人であることが判明した時点で既に老齢年金の受給権を有するに足りる期間保険料を納付した場合について、例外的に老齢年金の受給権を認めることとしたものと認められるのであつて、現在においても、大正一一年頃以前に出生した在日外国人について、一般的に老齢年金の受給権が認められているわけではない。

つぎに、国民年金制度に関しては、憲法二五条の規定の趣旨を受けてどのような措置を講ずるかは、そもそも立法政策の問題であり、国民年金の原資を、被保険者の納付する保険料を基本とはするもののそれだけではなく、国庫からの別途の支出をも予定するという現行の制度を前提とすると、被保険者資格を有する者の範囲については、立法府に広い裁量が認められているということができるのである。そして、六〇年改正法附則一条により、同法の施行日とされた昭和六一年四月一日現在で既に六〇歳に達して国民年金の被保険者資格を有し得ない大正一五年四月一日以前に出生した在日外国人について、国民年金の被保険者資格を認めないとの立法をしたからといつて、これを著しく不合理なものとは解し得ないから、右の立法は立法府の裁量の範囲内にあるものというほかはない。

したがつて、原告の右主張をもつてしても、原告の国民年金の被保険者資格の存在を否定することが許されないというわけにはいかない。

六以上によれば、原告は、国民年金の被保険者資格を有する者ではなく、また、国において原告が国民年金の被保険者資格を有することを否定することが許されないものではないから、原告が国民年金の被保険者資格を有しないことを通知した本件通知が、国家賠償法上違法であるということはできない。

そして、原告が国民年金の被保険者資格を有しない以上、原告が昭和五六年一〇月以降国民年金の保険料を納付すべき義務を負つていないことは明らかというべきである。

七よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官太田幸夫 裁判官加藤就一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例